チェッカーズはカラオケでアラフィフの得意なジャンル

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アラフィフ管理人のおかけんです。

会社員であるなら歓送迎会や忘年会などの行事が大体の方にあることだと思います。そのような時には決まってカラオケに行くのが定番と言っていいのではないでしょうか。

カラオケボックスに行って、いつものストレスを発散すべく好きな曲を熱唱するわけですが、そこで20代、30代の後輩とジェネレーションギャップを感じることになるのです。

その状況は、私のカラオケの定番はチェッカーズなのですが、まず20代の方々は「それ誰?」、「知らない」、「お母さんがよく聞いている」となるのです。そして、30代の後輩からは「名前だけは聞いたことがある」となり、40代になるとようやく「懐かしい」になるのです。

私がチェッカーズを初めて知ったのは確か高校生になりたての頃だったと思います。ですので、今の20代、30代の若い方が知らないのは当然ですね。そのチェッカーズの中心的人物が藤井フミヤさんです。

アイドルとしてのチェッカーズ

初めてチェッカーズを見た時はいかにもアイドルという感じの衣装と髪型、フリ付けで当時はヘビメタ好きであった私には受け入れることができませんでした。

デビュー後、女性を中心にその人気がどんどん上がっていく様子はいかにもアイドルグループでした。

ボーカルの藤井フミヤさんの人気は凄まじく、その前髪を長く伸ばした髪型を真似する高校生が増えていきました。

ちなみにその現象に対して、藤井フミヤさんは「この髪型は高校を卒業してから真似してほしい。それまでは校則どおりにしていてほしい。」とある雑誌でコメントされていました。

しばらくして何枚目かのシングルが発表された時、藤井フミヤさんの歌と声が綺麗ではないかと思い出しました。

他のメンバーを見てもコーラス担当は低音、高音ともにドゥーワップがうまく、各楽器の担当メンバーの演奏もしっかりしており、ただのアイドルではないなと興味を持つようになりました。

チェッカーズは藤井フミヤさんを中心として福岡県久留米市で結成された7人のポップスバンドです。ヤマハ・ライトミュージックコンテストジュニア部門で最優秀賞を受賞されました。

受賞後、すぐにデビューの話がありましたが、2年後に「ギザギザハートの子守唄」でデビューしました。デビュー後すぐにその人気は社会現象化し、ファッションなどにも大きな影響を与えました。第35回NHK紅白歌合戦に初出場してから解散までの9年間連続で出場されました。

1985年には映画にも出演され、ブロマイドの年間売上実績でも年間1位を獲得されました。アイドル的人気の沸騰時期でした。

楽曲のオリジナル化でミュージシャングループへ、そして解散

1986年からは楽曲を自分たちで制作されるようになりました。11曲目のシングル「NANA」以降はシングル・アルバムともに全てチェッカーズメンバーによる作詞・作曲となりました。作詞についてはほぼ藤井フミヤさんによるものです。

「オリジナル曲が作れるアイドルグループ」として人気を博していたことから、「チェッカーズは脱アイドル宣言をするのではないか」と噂されていました。

しかし本人たちは「自分たちは脱アイドル宣言をしたことはないし、現在でもアイドルである」と発言し、解散するまでアイドルであるとの姿勢を崩さなかったらしいです。

自らをアイドルとしながらもファンに対して呼びかけたマナーには以下のようなものがあったそうです。

・ペンライトの使用禁止。

・紙テープや贈り物等、ステージへの物の投げ込み禁止。

・MCを行っている時のメンバーへの声援禁止。

・バラード等、静かな曲での手拍子禁止。

アイドルでありながらも、音楽制作に全力を注ぐという姿勢であったため、このような姿勢を見せていたとのことです。

楽曲においては、オールディーズ調・ロカビリー・バラードなど本格的で完成度が高かったことから、本人たちの意思とは異なり本格的なポップスバンドとして見られていたことは否定できない事実です。

そのような活動を続け、アイドル的人気も含め9年間の1992年に解散されました。

チェッカーズ解散後の藤井フミヤさんの活動

チェッカーズ解散後の1993年より藤井フミヤさんはソロ活動を開始されました。解散当初、仕事が激減し、ロサンゼルスに渡米されました。

そこでギブソンのギターを購入し、作曲された「TRUE LOVE」が240万枚を超えるセールスを記録しました。

その後、他のアーティストへの楽曲提供なども行われています。

音楽活動だけにとどまらず、独自のCGを駆使したアートで「FUMIYART(フミヤート)」名称で個展を開いたり、愛・地球博のパビリオン『大地の塔』をプロデュースするなど幅広く活躍されています。

そして、現在もバンド編成のライブ以外にもフルオーケストラの公演、奉納コンサート、野外ロックフェスティバルへの参加など、さまざまな形での音楽活動を行われています。

1962年生まれ53歳の藤井フミヤさんは、JR(当時は国鉄)職員から、アイドルとなって社会現象を起こすほどの存在となり、現在はその歌唱力と制作する楽曲に定評のあるアラフィフのミュージシャンとして活躍されています。

私も同世代としてジェネレーションギャップに負けず、これからも藤井フミヤさんの制作された楽曲をカラオケで歌うことを楽しませていただこうと思います。

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