パニック障害の発作から不安神経症に。他人からは理解されにくい状態に

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私の住んでいる佐賀県唐津市では、ほとんどの病院が18時前に診察受付が」終了してしまうんです。

ですので、会社帰りにちょっと病院にということは難しく、病院に行く時は会社を休むか、あるいは会社が休みの土曜日にいくしかありません。

これも以前、住んでいた兵庫県とは違う習慣のひとつなでしょうね。

かし、地元の企業はそういう地域の習慣に馴染んだ制度を導入されて不便はないようです。私の会社が関西に拠点をおく企業なので、その辺りに対応できてないので、不便を感じるようです。

実は長年、パニック障害を抱えており、月に一回は心療内科で診察に通っているアラフィフ管理人のおかけんです。

ですので、そのような習慣にそった制度が会社にあれば便利なのですが。

このような私が19年間付き合っている精神疾患であるパニック障害について紹介します。

パニック障害の発症

今から約19年前、30歳の時にパニック障害を発症しました。

最初は、突然の激しいめまいと動悸、息苦しさ、激しい心臓の鼓動など、本当に死んでしまうのではないかというパニック障害の発作が起こったのがきっかけでした。

それから、発作は慢性化し、パニック障害の症状はひどくなり、会社に勤めるのが厳しい状況となってしまいました。

その後、数十回と病院に通った末にパニック障害と診断され、やっと治療ができることで安心したことは今も忘れません。

パニック障害の症状と対処法。発症してから19年間の体験談と付き合い方

死んでしまうのではないかと思うほど苦しい発作ですが、本当に死んでしまうことはないとのことですが。

それでも、あれだけ苦しいのですから我慢できるはずもなく、普通に会社に勤めることなどできるはずもありませんでした。

病院でパニック障害と診断されてから

最初は何が何かわからずに取りあえず、総合病院の内科を受診していました。そこでは、原因や病名がわかるはずもなく、ただ応急処置として点滴を打って帰るということが何十回と続きました。

ある時、たまたま出会った先生が「精神疾患かも知れません」との診察結果を出され、精神科に紹介されたことで「パニック障害」と診断されました。

精神科では、まずカウンセリングを受けるところから始まりました。

「おそらく、強いストレスを受け過ぎて脳の伝達物質の伝わり方に異常をきたしているのでしょう」とのことでした。

さらに状態の説明を分かりやすく説明すると「森にあるけもの道を毎日動物たちが通っているとします。ある日、とある動物が道でない場所を通って、わずかな道のような痕跡ができてしまったとします。

そのあと、他の動物たちも間違って本来のけもの道と間違えてそちらを通ってしまい、徐々に間違った道が本来の道となりそうになっているようなイメージです。

脳の伝達経路で同じようなことが起こっているので、最初の発作から徐々に発生頻度が多くなっているんです」と説明を受けました。

そのとき、やっと原因が分かったということで心から安心できたのを覚えています。

しばらくはカウンセリングに通い、抗うつ剤が処方されました。
「これを頓服として常時持ち歩き、発作が起きそうになったら飲むと大丈夫です」と。

その時の私にとってその先生は神様のように見えました。

それから、約1週間、カウンセリングに通いながら治療を続けました。

「注意事項は規則正しい生活をすること」

休暇の間、毎日、9時に起床し、12時に就寝する毎日を繰り返しました。

規則正しい生活と抗うつ剤のせいか、徐々に食欲も戻り、普通に起きて生活できるようになりました。

そして、カウンセリングは終わり、月2回の通院とともに数週間後に会社へ復帰しました。

会社へ復帰するも普通にはできない日々

何とか、パニック障害と診断され、原因も分かって会社に復帰したわけですが、普通にするということは無理でした。

不安神経症という状態に陥っていたようです。

まず、人が多い所に行けません。大勢の方の声がザワザワという感じで耳に入ってくるとめまいが起こり、発作を引き起こしそうになります。

当時の職場には年配の女性の方が多く、それなりにザワザワな状態でした。いえ、その方が悪いわけではありませんよ。私が病気なのです。

ですので、職場でも気分が悪なることが多く、社員食堂などとてもじゃないですが不安で行けませんでした。

昼休みは車通勤をしていましたので、自分の車の中で仮眠をとって体を休ませることとしていました。

それでも、私の状態は理解されにくい状態の上に、その行動が気に入らない方もおられるのですね。

「昼休みは食堂で食事をとって職場で休憩するもの」と総務から文句を言われました。私にとってはこれも厳しい状況でした。

そうは言われても自分の体の状態はどうもなりません。無視して、車で休み続けました。これも会社の心象を悪くしたことでしょうね。

あと、あれだけ苦しい発作に何十回もあったわけです。ちょっと気分が悪くなるとまた発作が来るのではないかという不安が常にあります。

そのようなことからしょっちゅう頓服を飲んでいたような気がします。

会社に復帰はできても拘束されている状態というだけで辛い状態でした。それでも、頓服があったおかげで何とかなりました。

これらが不安神経症と言われる症状のようです。

とにかく他人と一緒にいるだけで不安

パニック障害になると人ごみや乗り物などに行けないといわれています。

その理由というのはわずかでありますが拘束されている感があるからです。

他人と一緒に出かけていると発作が起こったりして気分が悪くなた時に迷惑をかけるのではないかという不安とそういう時に自分のペースで休めないという不安があります。

電車やバスなどの乗り物もそうです。気分が悪くなったからといってどこでも降りて休めるわけでもなければ、横なることもできません。

さらに人が多いことのザワザワ感があります。この状況の中にいることを考えるだけでも不安は最大になります。

でも、私の場合は家族と一緒のときは大丈夫でしたので、必ず家族と一緒に出かけるのならできたことが助かりました。

しかし、他人と一緒は辛い状態となってしまいいます。

仕事に復帰したとき、仕事を休んだのは数週間ではありましたが心配してくれた後輩たちが復帰祝いにと焼き肉に誘ってくれました。

断る理由も見つからず一緒に行ったのですが、店に入った途端、不安に襲われ食べることができず水を飲むことしかできませんでした。

あれだけ好きな焼き肉すら食べられなかった自分は悲しかったですね。

何度か釣りに誘われたことがありました。

数人で遠距離に出かけますので、車に乗り合わせていくことになったのですが、私だけは自分の車に一人で行きました。他人と一緒のペースで動くということが不安でできないのです。

そのような状態が病気の発症から2年くらい続きました。

そして、現在の状況は

現在は、パニック障害こそ完治はしていないものの不安神経症と言われる症状はなくなりました。

発症してから現在で19年間、その間にいろいろなことがあり、それが不安を払拭するきっかけとなったり、パニック障害とうまく付き合うというきっかけとなったからです。

その辺りについては、次回の機会にご紹介したいと思います。

パニック障害の発作を経験すると今回ご紹介したような不安神経症に移行することが多いようです。

また、パニック障害は100人に1人が患っても不思議でない疾患とも言われています。

もしかしたら、身近な人がこのような状況になられるかも知れませんし、自分が抱えることにならないとも限りません。

そういう時に備えて、今回の私の経験をご参考にしていただければ幸いです。

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