「住めば都」という言葉について、田舎に引っ越してきた8年目の今、考えてみた

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最近は朝晩が冷え込むようになり短かった夏も終わり秋の気配を十分に感じるようになりました。

そして、この時期になりますと関西から九州に引っ越してきた時のことを思い出すアラフィフ管理人のおかけんです。

「住めば都」の意味は大辞林によりますと

どんな所でも住み馴れればそこが最も住みよく思われるものだ。

と書かれています。

この「住み慣れれば」ということが私にはできていないのかなと感じています。

「住めば都」という言葉について、田舎に引っ越してきて8年目の今の自分のことを考えてみたのでご紹介します。

文化や習慣の違いが大きい

文化や習慣の前に、まず普段使う言葉が違うことに違和感を覚えました。

それは、未だに違和感を感じたままです。

私は20代の頃に関東で働いていたこともあったのですが、そのときは関東弁といえば共通語。

テレビドラマで流れている言葉と同じですので、違和感は感じませんででした。

しかし、今住んでいる佐賀県は九州弁というのでしょうか。

聞いたことがなくもないですが、イントネーションの違い、聞いたことのない言葉にどうしても違和感を感じずにいられません。

これは、九州の人も我々関西の人間も同じようですが。

特に唐津の田舎であるということが余計に影響があるのかも知れません。

田舎であるといえば、この辺り、市内にはそれなりの規模の会社というものがありません。

唐津で最も大きな会社といえば、現在の所「宮島醤油株式会社」らしいのですが、それでも従業員が全国で300人規模の会社です。

何も小さな会社が悪いとディスるわけではありませんが、そのような産業の中で生活してきた方たちとのギャップみたいなものは大いに感じます。

例えば、私の会社に入社してきている地元の方は20~30人規模の零細企業での勤務経験しかない方がほとんどです。

ですので、社員の規約などきっちりした労働法に従うことを経験された方というのが少ないのが現状です。

しかし、それしか知らない方々はそれが普通だと思うわけです。

そうすると、出てくる不満というものが

「前の会社だったら、ちょっと歯医者に行くからと言えば仕事抜けさせてもらえたのに、この会社はそんな融通もきかない」

「前の会社だったら、入社と同時に20日間の年休をもらえたのに、この会社は少ししかくれない。おまけに年休の買取もしてくれない」

など、本来の企業があるべき労働基準が違っているので、一緒に仕事を進めていく上でも支障が出てくることがあるんです。

本州と九州の時代の流れが異なっているのではと感じることも

上記に述べています「年休の買取」という制度も昭和の初期の頃にはあったそうですが、私たちが就職した頃には労働基準法で禁止されてなくなったことです。

それが、このあたりの会社では未だあたりまえのようにまだ行われていること。

習慣の違いを大きく感じます。

病院に行ってもMRIなどの検査機器がなく、診察を満足いくように受けられないことも多々有ります。

関西では体調がすぐれない時や具合が悪くなった時に診察を受けると、血液検査や尿検査を即時に行って体調を見極めて適切な治療を受けられていました。

しかし、唐津ではそのような機器が普及していないようで、結局、医療センターのような所に改めて行くことになったり、2次病院に行くことになります。

ひどい場合には、「なぜか、体が異常にだるいんです」と診察を受けても、「そんなこと言われても、あなたと出会うのは初めてなのでわからない」と診察を拒否された時もあります。

また、歯医者の場合には今傷んでいる歯だけの治療をして欲しいのに「1年ほどかけて全ての歯と歯ぐきを矯正しましょう」と言われました。

「結構です」と断ったところ、「だったら、その虫歯も治療しないで部分入れ歯にします。

もし、1年かけて他の歯も治療するならその虫歯も治療します」などと理不尽な通院を要求されたこともあります。

それでも「結構です」と断ったところ、治療しないで部分入れ歯にされてしまいました。

あと、持病として頚椎ヘルニアがあるのですが、その具合が悪くなったので病院に行ったところ、症状の確認はしたものの全く治療をしないで終わってしまったことも。

この場合は、痛みが引くまで、自分で買ってきた湿布を貼ったり痛み止めを飲んだりして症状が治まるまで我慢しました。

このような状況ですので、行きつけ医など出来るはずもなく、体調を崩した時のことを考えると不安でしょうがありません。

何度も言いますが、決してディスっているわけではありません。

でも、これらの病院は地元の方からいいところとして紹介してもらったところなんです。

感覚の違いとでも言いますか、これも習慣の違いの大きなところだと思います。

外出することがほとんど無くなった

田舎には何もないので行くところもないというのもあるのですが。

引っ越してくる前でしたら、週に1回くらいは外食をしていました。

毎日、家事で忙しい妻にもたまには休みをということで、晩ご飯を作ることを休む意味で外食していました。

ところが、ここに引っ越してきてからは外食をすることもめっきり減りました。

お店が「これって、明らかに家の一部を使って営業しとるやろ」という感じのところが多く、入りにくいのです。

全国チェーンのお店も数店ありますので、そういうところにしかどうしても行けないんです。

地元に方に聞いてみると、

「ハンバーグだったらあそこのお店が美味しい」

とか

「あそこのスパゲティは美味しい」

と教えてくださるのですが、

実際のお店はこんな感じで地元の慣れた人間でないとちょっと行きにくいです。

そして、こちらは、もつ鍋が美味しいと聞いたお店ですが、どう見ても普通の民家の一室で営業されています。

何度も言いますが、ディスっているわけではないのですが、この文化の違いというものがどうしても受け入れにくく、決して住みやすいとは言えなくなってしまうのです。

もしかしたら、「住めば都」になるには覚悟が必要?

私は、そういう感じで住みだして8年目になる現在でも「住めば都」という言葉には程遠いものを感じています。

一方、同じように関西から転勤してきた人の中には、ここの生活にも慣れ、「のんびりとして、自然も多くいいところだ」と言われる方もおられます。

中には、社宅を解約して持ち家を建てた人もおられます。

そういう方たちに共通しているのは、この地に永住するという決意があることです。

永住するつもりで転勤した、もしくは転勤してみたらこの地が気に入って永住することにしたという人もおられます。

しかし、私はいつか故郷の関西に絶対に帰るという強い思いがあります。

永住するという覚悟は全くありません。

この覚悟というか決心を持っているかいないかの違いが「住めば都」になるかならないかということになっているのではないでしょうか。

ここに住み続けると決めれば、何に対しても良いところを探すしかありません。

良いところを探そうとすれば、何もかも満点でなくともある程度のことがクリアできていれば妥協できるのかも知れません。

そうやって、自分に合ったものや施設、店などを開拓していけば、自分の住みやすいところになっていくのではないかとも考えられます。

しかし、私は「いつか関西に」という思いがあることから、関西にあるものより劣っていると妥協できません。

それが、生活をしにくくする原因なのかも知れません。

それでも、やっぱりこの地に永住するという気にはなれないという自分の中に問題があることはわかっています。

田舎といえば閉鎖された村社会ですが、私はさらに小さな家族レベルでの生活でなんとか凌いでいくしかないかなと思っています。

九州に憧れていつかは移住してみたいと思っている方は少なからずおられるでしょう。

私も、引っ越してくるまではそうでした。

修学旅行で九州に行ってから、なんて綺麗でいいところなんだ、と思っていました。

しかし、いざ引っ越すことになったら、本当に住みにくいと感じています。

田舎暮らしは思ったよりも不便なことが多い。引っ越して行った2つのこと

もし、同じことを考えている方がおられるなら、このような質問をします。

「あなたは自然の風景がいつも見られるのと、好きなテレビ番組がいつも見られるのではどちらがいいですか?」

もちろん、私は後者です。

田舎暮らしに憧れておられる方、このようなデメリットもあることを十分に考えてから移住を検討することをオススメします。

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