突然の転勤命令から7年目。この時期に今までを振り返ってみた

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もうすっかりこの辺りは冬という感じで、朝晩の冷え込みがつらい季節になってきました。

アラフィフ管理人のおかけんです。

もうすぐクリスマスの時期ですね。でも、私にとっては過去3番目に大きな出来事が思い浮かぶんです。

1番目、2番目は身内が亡くなったことです。

そして、3番目は今の会社の事業所に転勤になって家族共々引っ越してきたのがクリスマスが終わった直後だったのです。

転勤からもう7年を迎えようとしています。その7年間を振り返ってみました。会社員の方にとっては、「いつ来るだろう」と常に気になる転勤について少しでも参考にしてください。

良くある会社員の突然の転勤命令

2009年8月のことでした。私の会社は関西を拠点する企業ですが、新工場を佐賀県に新設したのは当然、知っていました。

当時、研究所で研究員として勤務していた自分には縁のないこと、また上司からも関係のないことと言われていました。

ところが突然、9月からの転勤命令が言い渡されました。

当然、家族や自分が知らない土地の暮らしに馴染めるのかという不安がありました。子供達に転校させるという申し訳のなさもありました。

会社の規定集には「会社の都合により転勤を命ずることがある。社員は正当な理由なくこれを拒むことはできない」とあります。

社宅暮らしだった私は、転勤しても拒否して退職しても結局、社宅から引っ越さなくてはなりません。それだったら転勤して生活の安定を維持することを選択してしまいました。

この時に、会社というものの中では自分はただの一社員であり、その存在の小ささを思い知りました。

素直に納得できるものではありませんが、会社員として企業に勤めている以上は仕方のないことです。

誰にでもある転勤前の不安

佐賀県唐津市については、このように会社の工場が建設されたから知ったようなものの、それまでは聞いたこともありませんでした。

どのようなところかと調べていると、とてつもなく田舎で賃貸物件などほとんどなく、選べるような状況ではないとのこと。

さらには、下水道も通っていないとか、テレビが映らないとか、お店もないようなところだという不安をあおるような噂が次々と入ってきました。

それに輪をかけるように会社から社宅の物件として、3DKのアパートが紹介されてきました。4人家族に対して3DKのアパートの一室を勧めてくるというのは、やはりそのような物件しかないのかなと不安になりました。

その当時に通っていた神経内科の先生からは、習慣や文化の違いがありすぎて精神的不安が大きすぎるのでやめておいたほうが良いと勧められました。これも知らない土地に対する不安をあおるものとなりました。

ネットで賃貸物件を探しても、これといったものは見つかりません。

そして、不安だけがどんどん募る状況になって行きました。

物件探しのために下見に行ってみた

会社が勧めてきた物件があまりに乏しいものだったのとどういうところかの確認を兼ねて物件探しに現地に行くことにしました。

実際に行ってみると思ったよりは、若干ではありますが事前の情報よりは発達していそうでした。

地元の不動産屋さんに問い合わせてみると、1軒屋の賃貸物件があるということで下見に行きました。

ロケーションは田舎の田んぼの真ん中で何もないところでしたが、間取が5LDKの新築物件でした。噂どおり選ぶほどの物件数もないようでしたのでOKとしました。

本当は、このような物件があるのですが、会社が経費節減のために乏しい物件ばかりを勧めてきていたようでした。

そして、下水も通っていることがわかり、事前情報の間違いであったことに安心しました。

ただ、テレビは映りません。有料のケーブルテレビを月3000円で契約する必要があります。また、見渡せる限りの近所に買い物ができるようなお店はありません。

以前、住んでいた神戸では、数百メートル歩けば、飲食店もスーパーもなんでもありましたので、この環境の違いには、どうしても違和感を覚えずにはいられませんでした。

その後、転勤のために引っ越し

8月に辞令が出て、9月から新しい事業所で勤務開始です。到底、準備が間に合うわけがありません。とりあえず、私だけが9月から一人で引っ越し、子供達の学期の区切りで家族が引っ越すことにしました。

家族を待つ間、その間だけ借りたマンスリーマンションに住んで、そこと会社を行き来するだけの生活が3ヶ月続きました。

そして、子供達の2学期が終わったクリスマスの後、家族が引っ越すことにしました。

近所でないだけに引越しの準備や手続きなど、頻繁に行き来することもできませんので、非常にバタバタと忙しかったことだけが記憶に残っています。

最初は文化と習慣の違いにとまどい苦労

やはり、家族共々、あまりの文化や習慣の違いにはたくさんの戸惑いがありました。

まず、言葉がわかりません。

私の場合は、会社では関西から転勤してきた人がほとんどでしたので、リトル関西とでもいうべき場所になっており、そういう問題はありませんでした。

しかし、子供達は学校で先生の言葉がわかりにくく、授業の内容が最初、言葉に慣れるまでは苦労したしたようです。

食べ物の味が全く違います。醤油は辛いものというのが関西人の常識ですが、九州の醤油は甘いです。その他、カレーも甘いです。醤油ラーメンはありません。ラーメンはトンコツしかありません。中華料理屋さんのラーメンまでトンコツです。うどんは全くコシがありません。このような状況から我が家ではめっきり外食することが少なくなりました。することがあっても、全国展開のチェーン店にしか行くことはありません。これは6年以上経った今でもそうですね。

調味料は関西から取り寄せています。

長年の食文化の慣れというものはそう簡単に変わりません。私の昼食は好きなものを選べるのでいいですが、学校給食を食べる子供達はやはり厳しいものがあったようです。

文化といえば、家の造りも若干違いました。お風呂の窓は手前に倒す小さなものが一般的でしたが、こちらでは部屋の窓と同じくらい大きな透明ガラスの窓が付いていました。当然、カーテンで塞いでしまうわけですが。

家中の窓に雨戸がありません。近所を見渡してみてもない家が多く、たまに付いている家もあるという感じです。ものすごく風の強い日が多いのにこの状況にはびっくりです。また、少々、不安になります。

あと、特に大きな関西との違いには、買い物で値引きをするという習慣がありません。同僚が車を購入しに行ったときのことです。見積もりを取ったあと、

同僚「じゃ、値引きを入れていくらになりますか?」と聞いたところ

店員さんは「えっ、なんのことですか?これが値段ですが」

同僚「あの、この見積もりからいくらくらい値引きできますか?」

店員さん「いえ、値段は決まっていますので値段を下げるようなことはありません」

同僚「じゃ、結構です」

関西でしたら、車を買う時にはいくら負けてもらったとかいうのが当然ではないじゃないですか。こちらでは、そんな考えがないのですね。で、値引きを要求してくるのなら買ってくれなくて結構と言われます。

これは大きな習慣の違いですので、特に関西の人が行くことがありましたら注意しておくべきです。うっかり「ちょっと負けてよ」などと言おうもんなら悪人扱いですから。

ここまでは、なんか唐津が悪いところみたいなことばかり書いていますがそんなことはありません。

一番に気に入っているのは、「人が優しい」ということです。具体的にはと言われると、答えられないのですが、とにかく穏やかで優しく接していただいています。道路で車のクラクションが鳴ることが滅多にないことから想像いただければと思います。

外食をすることが少なくなりましたが、地元のスーパーで買ってきた食材は抜群に美味しいです。

私はここに来るまで魚が苦手だったのですが、好きになりました。今日も鯖の塩焼きが晩御飯だったのですが、脂がのって臭みもなくめちゃくちゃ美味しくいただきました。

佐賀牛の産地ということもあって、肉も安く美味しいものが買えます。

行列のできる店に行かなくても地元のスーパーの素材で同じくらい美味しい料理ができます。この点については、本当に毎日、幸せを感じています。

転勤から今までを振り返って思うこと

正直、私は会社で自分のやりたいことの方向とは真逆のことになってしまいました。その環境でモチべーションが上がることもなく、不本意なまま今に至っています。

50歳となった今から、どうあがいてももう会社内では立場や職種が変わることもないでしょう。

一方、転勤にともなって引っ越したことで家族にとっては結果として良かったのかもと思えることが救いとなっています。

妻は引っ越し前から少し体調がすぐれなかったようでしたが、そのまま放置していました。それが、引っ越して気分が変わったのでしょうか。病院で診察を受けたところ女性特有の病気だったらしく、治療して大分良くなりました。

娘たちは、なぜかあれだけ拒んでいた塾に通い始め、どんどん成績が上がっていき、中学生で転校してきた長女は今は国立大学に通っています。小学生で転校してきた次女は中高一貫校に入学してただいま高校生です。

友達との関係にいつもつまづいていた長女の人間関係が圧倒的に良くなり、毎日友達と楽しそうにしているようになりました。先に書いていますように「人が優しい」ということと田舎だからか素朴なところが性分にあったようです。

このようにして、二人の娘たちが毎日楽しそうに道をそれることなく育ってくれ、前よりも良い状態で家族が安心して暮らせていることになったことは本当に良かったと思っています。

最初は嫌々ながらの転勤、引っ越しでしたが今、思い返してみると悪いことばかりではなかったなとしみじみ思います。

多感な時期の子どもたちがこの環境で過ごしたこと、本人たちはどう感じているか分かりませんが、結果として、また、経験として良かったと思ってくれることを願っています。

自分にとっては、会社での方向性は違ってしまいましたが、まだまだ人生は修正できます。

会社という枠にとらわれることのない人生でこれからをエンジョイしたいと思っています。

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