誰でも大器晩成という言葉は聞いたことがあると思います。
一般的には「あの人は大器晩成型だな」という風に使われているのを聞くのが多いですが、大器晩成と呼ばれることとはかけ離れているアラフィフ管理人のおかけんです。
この大器晩成ということ、アラフィフになると親近感の湧く身近な言葉になってきました。
この言葉の持つ意味についてじっくり考えてみました。この先の人生の参考にしてみてください。
大器晩成とは一般的に会社で使われることが多い
遅咲きとも言われ、大人物ほどのちに功績を残すようなことをすることになるという基本的にはいいことを表す言葉です。
しかし、一般的に「功績を残した」と言われるほどのことといえば余程の大きなことでもしない限りありえませんよね。
ですので、私たちの周囲では通常よりも遅めに出世した人を指すことが多いです。
大器晩成型と実際に呼ばれている人は、長い間中間管理職だったのに50代後半で部長になった人、50代になって初めて管理職になった人、そしてその後もバリバリと仕事をこなしている人です。
変わった人では、若いときに中間管理職になったけれど、失態があり降格したものの50代になった途端、部長に昇進した人なども。
傾向としては、誰もが「この人は管理職になるだろう」と思われるような人が出世しても大器晩成とは呼ばれることはありません。
そのような兆候もなく、誰もが想定しないような人が出世すると「あ、あの人は大器晩成型だな」と呼ばれるようです。
そして、会社員の間では、やはり会社の組織というものを第一に考える傾向があります。その中で管理職になりたい、出世したいと望んでいる人がほとんどだからでしょう。
ですので、どうしても出世イコール成功という考えから、会社で使われることが多いのでしょう。
出世欲があるけれども中々出世できないという人は
管理職についている人をよくもてみてください。なぜ、あの人がと思う人から、あの人ならと納得できる人までおられるます。
なぜ、あの人がと思うような場合は、運や社内接待がうまいということもあります。しかし、運といってもその席が空かなければその職に就くことはできません。
その席につく人が誰でもいいのなら今、その席についている人は何かの幸運なことがあったのでしょうか?
そうではないと思います。その人がなぜと思われるのはおそらく知識や能力がそんなに高くないからだと思います。しかし、それでもその職に選ばれたということは理由があるからです。
それは、人柄です。誰に対しても差し障りのない性格、人望などです。
あの人ならと納得できる人の人柄も同じようなものがあると思います。
逆に高学歴で修士を取得し、3ヶ国語話すことができ、海外の学会でも論文発表するほどの能力の高い人が定年するまで平社員だった方を知っています。
この方は、プライドが異常に高く外部の方との折衝が非常に苦手で常にトラブルをおこしていたそうです。もちろん、そんな状態ですから社内でも扱いにくい人だったようです。
これらから言えることは、50代が会社で出世して大器晩成と呼ばれるためには、能力より人柄や人望、そしてチャンスを逃さないということだといえます。
出世することにこだわるのは会社というものに依存しすぎているから
会社で管理職になることだけがアラフィフにとっての大器晩成と思っている方は、本当に仕事人間だなと尊敬します。
「仕事を一生懸命しないでどうするんだよ!」と怒られそうですが。
ただ勤めている会社で出世することだけに躍起になってできないことに絶望したり、卑下することは早合点だと思うのです。
長年勤めた会社であっても、実はその組織が自分に合っていなかったのかも知れませんし、すでに管理職である自分の上司との相性の問題かも知れません。
それらが原因であれば、出世できないのも当たり前かも知れません。
ですので会社の立場だけにこだわり過ぎるのはあまりよくないかも知れません。
ただ会社という枠の中だけで成功することが大器晩成ではない
会社の社長や会長になることがあれば、社会的にも認められ広義での成功と言えると思います。
しかし、課長や部長にこだわっていては会社という小さな枠の中でのことです。
私は人生の中で自分が幸せであるという状態や、やりたいことを今後やり遂げて成功することで生涯幸せな人生を送ることが大器晩成ではないかと思っています。
20代、30代の頃より明らかに何事に対しても50代の方が幸せである、なんでもできるという状態です。
会社というものは、人生の中で大きな割合を占めるものではあります。しかし、一部であることには変わりまりません。退職ととも肩書きもなくなります。
もし、成功して大器晩成となりたいなら50代になってからでも事業を始めるなど新しいことに挑戦してみてもいいのではないでしょうか。
それで、生活できないような状態では元も子もありませんが、うまく軌道に乗せ、自分の納得出来るところまでできたなら成功と呼べるのではないでしょうか。
社会的にも認められ、自分が続けている限り期限なく、なくなることもありません。
結局は自分が幸せと思える人生を送れるようになることが大器晩成
50代になっても挑戦し続けることは十分に可能です。
・インスタントラーメン産業の創始者で日清食品の設立した安藤百福さんは48歳で即席麺を開発されました。
・カーネル・サンダースがケンタッキーのビジネスを開始したのは65歳です。
・徳川家康が江戸幕府を作ったのは62歳です。
これらは有名なことです。
これらの方に共通していたのは諦めずに継続してきたということです。諦めなかったから成功したんです。
それからすると努力の結果が早咲きか遅咲きかということだけの違いで、ただ遅咲きの場合だけを大器晩成と呼ばれているんですね。
50代のこれから、何か大きな夢を持つのもいいですし、控えめに小さな成功を追うのもいいと思います。むしろ必要だと思います。
しかし、若い頃よりも幸せだと思える人生を歩めるようにすることが最も大きな成功ではないでしょうか。